いろは物語 第1話

 

昭和39年(1964)12月
 
いろは精肉店スタート!
 
私の父が、いろはの親方である市岡氏より神戸市東灘区甲南いろは精肉店を 引き継ぎ、商売をスタートさせました。
 
親父が26歳の時でした。
当時の一番人気は自家製コロッケ! 確か3個で5円だったと思います。
 

写真は精肉店を開店してすぐの家族の写真です。
当時配達していたカブの後に伊藤ハムの段ボール箱が見えます。
私は真ん中の男の子、当時まだ5歳でした。


48年(1973)
てんぷらいろは店オープン!
精肉店開業9年目、今度は同じ市場内に、天ぷら惣菜いろは店をオープン!
これで2店舗となりました。

商売に勢いがついてきました!

   

 
 
 
昭和53年(1978)4月
 
とんかついろは青木店オープン!
 
精肉店開業13年目、とんかつ専門のお食事処、いろは青木店をオープン!
 
これで3店舗となりました。

父も商売絶好調でイケイケです!
一族郎党で記念写真ですね。


昭和55年(1980)
 
修業を終え、いろは精肉店に入店!
 
高校卒業後の修業を無事終え、父の元、いろはで働き始める。
 
昭和61年(1986)3月
 
結婚して嫁さんをもらいました
 
24歳の時です。仕事のほかに、もう一つ大切なものが出来ました。

昭和62年(1987)8月
とんかついろは甲南店をオープン!

商売もますます軌道に乗り、これで合計4店舗となりました。
商売もどんどん大きくなりました。

 
昭和63年(1988)4月
長男誕生
待望の赤ちゃんが生まれました。家族が増え、ますます仕事にも精が出ます!
 
平成元年(1989)
1月長女誕生、
10月我が人生の師 父、他界する
 
この年、1月また1人、家族がふえました。
今度はかわいい女の子です。
そして10月、父が他界(享年50歳)私が28歳の時でした。
私は、まだまだ若造でしたが、当初は戸惑いもあったものの、すでに父より10年にわたり肉職人として、また経営者としての感覚を
たたき込まれていまし、市場の仲間たち、家族やお客様のあたたかい応援に支えられ、なんとか次世代へのスタートを切ることができました。


平成3年(1991)
 
てんぷらいろは店、リニューアル!
父より店を受け継ぎ2年後、満を持して、いよいよ経営者としての勝負に出ます。
 
まず、気合いを入れて天ぷら惣菜いろは店をリニューアル。
 
売上増を目指して朝から晩まで必死に頑張りました。
 
 

はい!コロッケ3つですね!ありがとうございます!
家族、従業員総出で必死に頑張ってます!
おおきに!がんばりますのでよろしく!・・・なんて言ってるのでしょう(笑)


  
 

平成4年(1992)
 
いろは精肉店、リニューアル工事!
 
その翌年、いよいよ老朽化した本店の精肉店もリニューアルすることにしました。
 
父が興した精肉店を、今度は私が大きくする番です。
 
大変な借金でしたが、それをバネに気合いを入れて前だけを見て突き進みました。

工事中のいろは精肉店です。うまく商売が軌道にのるか不安と心配でいっぱいの時です。
古い店舗を解体していく時、いままでの思い出が走馬灯の様に頭の中を駆け巡ったのを思いだします。
でも、もう後戻りは出来ません。人生を賭けた勝負に出たのですから!
店に来て下さるお客さん、頑張ってついてきてくれる従業員たち、そして自分の家族と自分のため、必死になって借金を返済しながら家業に精を出しました。


5年(1993)
 
いよいよ、いろは精肉店、リニューアルオープン!
 
いよいよ待ちに待ったいろは精肉店リニューアルオープン!
 
私の新しい店! でも感激する間もなく店は大繁盛!
 
うれしい悲鳴を上げながら順風満帆に家業に励みました。
 
 
次から次へとお客様が来てくれます。作業場は戦争状態です!
 
「頑張りや!」と皆さんからお声をかけていただき、商売やっててよかったなぁ
 
と感激し、心から感謝しました。
 
仕事も波に乗り、やる気満々、気力も満々、ほんとうに充実した日々でした!
 
 
そしてそれから2年後
・・・・・
 
私の人生、
そして私の周りの多くの人の
 
人生を大きく変える出来事
 
が起きました。
 
 
おおきに!おおきに!今後もよろしくおねがいします!
毎度おおきに!ありがとうございます!と言っていると思います。
新しい店には、かっこいい看板もつけました!
後から後からくるお客さんに、職人さんも必死です!