いろは物語 第4話


平成7年(1995)1月から
 
被災後、再スタート、最初の一歩へ
 
とにかく神戸の街は瓦礫の山でした。
どこもかしこも、傾いた家やビルだらけ、まともに建っているように見える建物でさえ危険の張り紙があるような状態です。
まずは何をするにも、この瓦礫の山をなんとかせなあきません。
人生の再出発の第一歩です。
震災後、3カ月後くらいに瓦礫の撤去が始まりました。
まずは、いろは精肉店 解体
  
 

実際は、すごい音です。
なにもかもバリバリ壊していきます・・・・
「なんか使えそうなモンないか?」
解体の休止の間に使えるものを探します。
時間に追われる業者と、被災者の間には一悶着もありました。


続いて天ぷら店解体
 
  
 

弟です。
工事現場の黒板を持ち、ポーズをとってます。
少し笑ってますね。開き直ってるのでしょうか?


最後はとんかつ店解体
 
  
 
こうなると、もうゴミの山ですね・・・・

終わった感想は
 
「意外と広いなぁ・・・・」
 
 

750坪の市場でした・・・
昭和27年オープン、43年目の冬でした。


在りし日の「新甲南市場」です・・・
 
市場の解体も終わり、心機一転、新しいいろはのスタートです。
 
市場を再建するのか、はたまた市場を断念するのか?
個人の思いとは別に、市場は一つの家族、それぞれの思いがあります。
話し合いの結果、商売を継続するグループと廃業を決めたグループに分かれて話は進みます。
 
行政の方から商人グループを作れば補助金が出るというオファーがあり、市場の店主12人で
再建グループを結成し、まずは仮設店舗を作ることになりました。
「7人の侍」ならぬ「12人の商人」あるいは「12人の怒れる男たち」とでも言いましょうか・・・
暗中模索、試行錯誤ながら、とりあえず昔ながらの長屋方式の店舗を作る事になりました。
「都市問題経営研究所」と言うところに担当していただき、まぁ問題山積みと言うか、問題しかないような悲惨な状況下、様々な問題を一つ一つ解決していきました。
紆余曲折、やっとの思いで仮設店舗が出来きました。
そこで僭越ながら、若手の私が会長をすることになります。


 

  

それはもう、皆さんイッパシの商人、まして自分より年配の諸先輩方ばかりの中、再建をかけた勝負に不安がなかったわけではありませんが、この大きな大惨事の中、全てを失った仲間同士思った以上に心が一つになり、まずまずのスタートが出来たような気がします。
 
まずは、長年この街で商売をさせて頂いた私たち、震災に負けられへんで~ と率先して商人が元気な姿を見せなければいけません。
で、復興オープニングの広告を大々的に打ち、復興大売り出しを行う事になりました。
我が町の象徴である甲南本通商店街、復興を待ちわびたお得意さんが続々と来てくれます。


「またお願いしまっせ~」
 
「震災なんかに負けてられへんでなぁ」
 
と店とお客さんは、共に被災者と言う共通の立場でお互いに励ましあいます。
でも、沢山のお馴染さんに来て頂きましたが、売上げ自体は・・・・広告を入れた割には今一つです。
お客様も昔の状況ではないし、多くの方が避難されている状況では仕方がありません。
 
「やっぱりこの街は傷ついたんやなぁ」
「誰も彼もが大変なんや」
 
負けられヘンという思いと、目の前の現実、瓦礫の街を前に精神がギリギリに追いつめられるのを感じていきました。
 
復興がなかなか進まない中、日に日に売上げが減っていき私たち商人の顔は疲れがにじみ出します。
先が全く見えない苦しみ、このままジリ貧になっていく恐怖、夜になると心がドンドン沈んでいくのをどうする事も出来ませんでした。
 
そんな精神的にギリギリになった時、転機が訪れます。
「神戸市小売市場連合会」の面々が、神戸市経済局の方と一緒に視察に来てくれました。
そこで我々の長屋商店街を見て開口一番、
「なんでこんな仮設店舗つくったんや??」
 
初めは何を言われているのかさっぱり分かりませんでした。
でよくよく話を聞いてみると
「どうせ新しい新店舗をつくるんやったら、これからの流れセルフ方式の店舗をやらんかい!」
と言う事でした。
「セルフ方式? なんで専門店の俺らがセルフせなあかんねん!」
 
「ふざけんなよ」
 
それが本音でした。
12人の侍商人たちは、長年ここで商売をしてきた一国一城の主です。
そこにはそれぞれのプライドがあるのです。
それぞれの気持ちがぶつかり、とても一致団結にはほど遠い我々でした。
でも現実的には、我々は八方塞がりでした。
どんなに頑張っても売上げは下がり続け、もう手の打ちようがなかったのです。
もともと新甲南市場は42店舗で賑わってた商店街です。
それが12店舗で長屋方式の店舗をこしらえても活気が出るわけがありません。
瓦礫の市場で商売を始めた我々は、万策尽き果て、だんだんと提案された「セルフ方式」を考え始めました。
とにかく一度「セルフ方式」を見にゃー話が進まん、と言うことになり、「セルフ方式」で成功した店舗を見に行く事にしました。
そこで見せられたもの・・・・確かに震災で全てを失い、仮設で青色吐息の我々の気持を差し引いて考えても、それは思っていた以上に魅力的でした。
我々には、その商売形態が、斬新かつ画期的で本当に輝
いて見えました。
 
「お客さんも商人も生き生きしてる!」
 
その後事務所に入れて頂き、決定的なものを目の当たりにします。
それは今の我々とは次元が違う売上表でした。・・・本当に皆の目玉が転がりました。
その帰り道、お互いの気持ちを計りかねてる時、強固に反対していた一人が「セルフでやろか!」と一言。
その一言がきっかけとなり皆の気持ちが動きました。
我々の心が一つになった瞬間です。