いろは物語 第5話


平成7年(1995)5月から
 
市場みんなの大きな決意!
 
それから市場の皆は、セルフの事で頭が一杯でした。
商品を売るという事は同じですが、売り方が全く違うのですから当然です。
一からセルフ方式関するすべてを勉強をしなければなりません。
 
「した事ないのに出来るやろか?」
 
そんな心配で頭が一杯でしたが、コンサルタントの先生が「100店舗の専門店が今から造れるのであれば専門店でもいいでしょう。
それがなければ今はお客さんの満足が満たされないでしょう」とのアドバイスを受け
 
「やるしかない!」
 
自分で自分を奮い立たせ、みんなが奮い立ち、復興への出口に全力で突き進みだします。
 
もう仮設店舗の営業にこだわってはいられません。
私は知人の紹介で、実際の現場に研修として働かせて頂く事になりました。
大手セルフ方式の精肉現場で、一から勉強させていただく事になりました。
大阪の住之江にあるその現場は、生鮮の売り場が素晴らしいと有名なところでした。
 
仮説店舗の営業は継続しながらの丁稚奉公修行です。
時間も資金も余裕が無い中で、しかし後が無い真剣勝負です。
1分1秒、見聞きするもの全てを吸収するつもりで貪るように、自分の全身全霊の力を注いで懸命に働きました。
 
今までも、専門店としての商品へのプライドと商売魂を築き上げてきたつもりですが、やはりここで見聞きする仕事は新鮮、かつ驚く事の連続でした。
 
やはり専門店知識や商売魂をもつ事と、それを効率よく商売の仕組みに高めお客様の満足に結びつけていく事、両方がそろってより良いサービスになる。
またお客様に対する接客、商品に対する愛情の注ぎ方、適正な受け上げを確保する数字計算、一つ一つを学び直し、これから夢開くであろう自分の店舗を再構築する上で非常に役立つことばかりでした。
その理論と実践の仕組みを、現場で学び直す修行は大きな私の財産になりました。
復興に向けて集中して研修させて頂きましたが、ここで私が学んだ財産は従業員にも必要と考え、さらに2人追加して研修させて頂く事になりました。
 
毎日毎日、朝一の始発電車に乗り大阪の住之江まで通いました。
復興に向けて動き出した喜びと、一つ一つ道をすすみつつある実感、それに向けて自分がどんどん高まっていく喜び、毎日が一生懸命で充実してたなぁと、今でも懐かしく思い出します。
非常に厳しい研修ではありましたが、今の私があるのはこの修行のお陰であると心から感謝しています。

 
当時の新聞より一部抜粋

私たちがスーパーに研修に行ったと聞き、他の部門のオーナーの奥さんたちもいてもたっても居られなくなりいろんなセルフ方式のスーパーにパートとして働きに行きました。お金を貰い勉強させて貰うのですからこれほど有難い事はありません。私たちは研修料を払い3人研修に行ったのですから女性は賢いですね。
 
そうしている間に本工事も仮設店舗の近くまで迫ってきました。
いよいよ仮設店舗も解体です。
他の店主は店を閉店させていましたが、私の店は卸業務があるので店が無ければ困ります。
そこで同業者で廃業された店のオーナーにお願いをして、そこにまた引っ越しです。
自宅を改装して作った作業場から言えば、三度目の引っ越しです。
今やれと言われても、もう出来ないと思う、まさに火事場のばか力です。
いや、やけくそか?
売れもしないのに陳列ケースを置き毎日毎日並べては売れない日々が続きました。
 
それと平行して皆がスーパーとして再出発するための準備が本格化します。
その頃から商業部会への会議に大阪のコンサルタントの先生が参加します。
市場を活性化とセルフ化の専門の先生です。
 
ここで、国の高度化資金を利用してセルフ方式の総合店舗をつくる案が出されます。
壊滅状態に近い神戸の商業を、迅速に復興させ震災前以上の高度な商業施設をつくるというこの資金は20年で支払い90%無金利という我々にとっては魅力的なものでした。
ただ借入総額は5億4千万というとてつもない金額です。
出された書類の数字の桁数を見ると大きな不安が頭をよぎります。
皆、ほんとうに命を懸けて再チャレンジする決意が固まります。
 
「わしらはできる!」
 
その頃には神戸全体に復興気運がみなぎり心なしか町もすこしずつですが元気を取り戻しつつありました。
我々の活動も数々の新聞やテレビにも取り上げられそれを見た町の人や知り合いからも励ましの言葉をかけられる事が多くなりました。
NHKの特集にも出演し、それを見た知り合いから連絡があったりして元気をもらった気がしたものです。


本業の仕事、修行、その他の震災後始末に追われながら、それでも明日の為に毎日毎日話し合いがもたれました。
国、県の職員と毎日、ヒアリングをし、何度も事業計画を提案してだんだんと形が見えてきました。
 
今は平時とは違う、誰も経験した事のない震災後の異常な状態。それぞれの人間が試される状況。
だから逆に皆、心が強くなれる。今考えると、無茶苦茶ハードで後が無い究極の状況でしたが、「神様はその人間に超えられない試練は与えない」の言葉そのままに、人が持っている本来の強さなのでしょう。
 
施設の形が明確になってくると、次にしないといけないのはセルフの経験のあるスタッフを集める事でした。
片っ端から色んな広告を使い募集しました。神戸のこんな状況で集まってくれるのか不安はありましたがパートを含め4人集まってくれました。
さぁ!これで本番に向けての体制は出来てきました!